フィリピン台風被害に関する支援報告会

フィリピン台風被害からおよそ2ヶ月が過ぎ、テレビ等でも報道がされなくなりましたが、現在も多くの人々が家がなく、食糧も不足する中での生活を強いられています。

ココウェルとして今後も継続的な支援活動が必要と考えています。まずは明日1月7日から20日まで、私が再び現地を訪れ支援活動を行います。

11月末に行った支援活動と、今月行う活動を合わせまして、一度皆様にご報告をさせていただきたいと思い、以下の日程で報告会を開催させていただくことになりました。

現地の状況や、フィリピンとはどういう国かも含めてお話できればと考えております。



「フィリピン支援活動報告会」

日時:2014年1月21日(火)19:30〜21:00
場所:生活ヨガ研究所(大阪市中央区北浜東1−29 北浜ビル2号館7F)
参加費:無料
お申込方法:以下のページよりお申込ください。
https://pro.form-mailer.jp/fms/9df383bf52437


レイテ島へ救援物資を届ける旅(7)〜まとめ〜

今回実際にレイテ島に入り、予想していた以上に被害範囲が広いことに驚かされた。レイテ島主要都市であるタクロバンが集中的に報道されているが、タクロバンから南に60kmほどのレイテ島中部バイバイという町ですら、看板や屋根が飛ばされている箇所がある。もちろん電気は通っておらず、復旧までまだかなり時間がかかりそうである。

そのバイバイから北上するにつれ被害は拡大し、当たり前のように屋根が飛ばされた家々や根こそぎ倒された大木、切り倒されたココナッツ、それらが瓦礫として積まれた山が至る所で目に付くようになった。



今回私たちが食糧物資の配給を行ったイザベルなどのレイテ島西岸沿いは、元来から貧困層が多く簡易な作りの家が多いため相当台風による被害を受けている。しかしテレビ等で報道されることもなく、タクロバンから少し離れていることもあって、NGOや海外機関からの救援物資は全くと言っていいほど受けていないようだ。

今回配給を行ったのは、イザベルのマトランというバランガイ(集落)1575世帯と、アパリというバランガイ505世帯、そしてオルモックにある避難所で暮らす100世帯の合計2180世帯。

まだ食糧が不足しているということで、お米3キロ、肉の缶詰3缶、魚の缶詰3缶、マッチ5箱を各世帯ごとに配給した。「朝から何も食べていないのよ」と言うお婆さんもいたが、物資を手にするとみんな笑顔でお礼を伝えて帰って行った

といっても今回私たちが配給できたのはたった2180世帯。配れたところでもわずか数日分の食糧にしかならないだろう。あまりにも被害地域が多すぎて、十分な救援物資がいき渡っていない地域がまだまだたくさんある。



今回救援物資を届けるにあたって配給を行う為の準備を周到に行った。まず事前に地方政府と連絡を取り合い、現在何が必要とされているかを把握した。水は配給があり、間に合っているとのことで、今回は水を外し、食糧に重点をしぼった。

配給をバランガイキャプテンに任せてしまい、バランガイキャプテンが中抜きを行ったりすることもあるようなので、今回は直接世帯ごとに手渡しすることを心掛けた。ただ世帯数を考えると、すべてに手渡しするとかなりの時間がかかり、被災者にも長時間待たせてしまうことにもなる。。そのため、今回はバランガイの中でも近所同士のチームに分かれてもらい、そのリーダーの元に集まってもらい、リーダーに世帯数分の物資を配布し、リーダーから世帯に渡してもらう仕組みにした。これがうまく機能したと思う。



今回は食料を中心に緊急に必要なものを配給したが、できた地域はほんの一部であり、支援が行き届いていない地域もたくさんある。また食料といっても3〜4日分に過ぎない。今後も食料支援は必要だろう。

また同時に、長期的に考えると違った形での活動が必要なのではと考えている。台風災害に関わらず、そもそもレイテ島はフィリピンの中でも最も貧困な地域と言われており、日々の生活に困窮している。そこでココナッツの産業を生み出し、レイテに住む人々がココウェルのパートナーとして働いてもらえるようになれば継続的な関係になるのではと考えている。すぐに始められることではないが、できることから少しずつ取り組んでいきたいと思う。


レイテ島へ救援物資を届ける旅(6)〜11/28thu・11/29fri〜


予定通り3カ所での配給を終え、避難所で一夜を明かした翌朝の風景。

28日は朝から、今後の支援のために被災状況を調査する予定を立てました。まずは行きのフェリーで偶然出会った青年フランシスの両親が住む、レイテ島北部の町カリガラを訪ねる事にしました。フランシス自身が被災者で、セブの友人からもらった米をフェリーで毎週運んでいるとのことでした。

カリガラへ向かう山間部のハイウェイ沿いでは100m間隔くらいで子供たちが大声で通り過ぎる車に対して助けを求めてきます。元々が極貧地帯。今回の台風で被害を受けながらも、配給するにも地形的にも困難で、これまでもおそらく物資の支給が全く行われていないと思われます。どのように彼らに手を差し伸べればいいのでしょうか。



フランシスにカリガラの被災場所を案内してもらい、農業省で働いているフランシスのお父さんともお話ができました。今後の支援活動で、農業省としても協力してくれるとのこと。偶然フェリーで隣だったフランシス。とてもいい出会いだったと思います。



そこからタクロバンに向かいました。この辺りから明らかに被害が大きくなっていきます。何十年もかけて大きく育った巨木がいとも簡単にあちこちで根こそぎ倒されています。



タクロバンやその周辺の町はまるで戦争でも起こった後のような有様。







ヘドロによる異臭が鼻をつきます。



しかし、タクロバン中心部では木材を運んだり、ヘドロを掻き出す作業が目につきました。受け入れがたい悲惨な状況の中、復興へのほんのわずかな芽が見えたように感じました。



タクロバンを出て、パロ、タナウアン、トロサ、ドゥラグ、マヨルガなど、レイテ島の東側を走りました。特にパロやタナウアンなどは被害が非常に大きな地域です。この辺りから雨が振り出し、辺りはどす黒く、人の姿も少なくなり、グルーミーな気持ちにさせられました。




大雨で雷もなる中、そのまま東岸を南下し、レイテ島中部で西に進路を向けてバイバイへ向かいました。何とかその日の夜のフェリーに間に合いました。夜10時発のフェリーに乗り込み、およそ6時間の航路の中で半泊しました。

翌朝4時頃にセブシティーの港に到着。行きとは逆の道を進みバト港からネグロスに戻ってきました。マニピスのチームの地元、タンハイに着いたのはちょうど29日の正午頃でした。

メンバーみんな疲れた様子で家路についていきました。

レイテ島へ救援物資を届ける旅(5)〜11/27wed afternoon〜

午後からは3回目の配給のためレイテ島第2の都市オルモックに向かい、Evauation Center(避難所)として使われている「LINAO NATIONAL HIGH SCHOOL」を訪ねました。


この高校自体がかなり大きな被害を受けていますが、使える教室を利用して約100世帯が避難所として利用しています。




ここで避難する100世帯にも配給を行いました。ここの物資はすべてマニピスの人々が自分たちで集めたものです。



マニピスのキャプテンが1人1人手渡しで物資を渡していきます。

暗くなると避難している子供たちのために、ジェネレーターを利用して映画上映も行いました。この夜は我々もこの避難所の空いた教室をお借りして一夜を明かしました。



レイテ島へ救援物資を届ける旅(4)〜11/27wed morning〜

27日朝早く、マトランとその周辺地域を調査して回りました。

マトランの海岸近くの様子です。この辺りは風だけで家屋の大部分が崩壊。それでもこの地を離れられない家族が倒れたままの家で生活をしています。



この辺りもココナッツが途中でチェーンソーで切られたような状態です。



マトランから20分ほど車で走ったところにあるサントニーニョ。海岸沿いに極貧地域が広がっています。木材とトタンで簡易に作られた小さな家々が密集し、台風による被害もかなり受けていました。




そもそも台風が襲う前から支援が必要な地域です。貧困を襲う災害の悲惨で残酷な状況を目の当たりにしました。なんとかしてあげたい・・・。



朝食後、次の配給先アパリに向かいます。アパリはマトランと同じイザベルのバランガイ(集落)で、合計505世帯にマトランと同じ米3キロ、肉の缶詰3缶、魚の缶詰3缶、マッチ5個を配給しました。

日差しの非常に強い、猛暑の中での配給となりました。



みんな本当に奇麗な目をしてます。


マトラン含め、西側のこの辺りは外部からの支援はほとんどなく、一度中国からの物資があったがキャンディーだけだったそうです。

1時間ほどで配給を終え、次の目的地オルモックに向かいます。


レイテ島へ救援物資を届ける旅(3)〜11/26tue〜

翌早朝、夜明け前にバイバイに着きました。バイバイはレイテの中央部西岸にある町で、頻繁に報道されているタクロバンからかなり距離もあるため、それほど被害があるとは思っていませんでしたが、多くの建物の屋根や看板が飛ばされ、予想以上に大きな被害でした。








そして、バイバイから北上するにつれ徐々に被害が大きくなっていきます。



ココナッツは根がしっかりしていて、倒れることはめったにありません。例え強い風でも柔軟にしなって途中で折れることは考えられないのですが、今回の大型台風ヨランダではこの有様で、多くが途中で切り倒されています。

タクロバンに次ぐレイテ島第2の都市、オルモックから西側に進み、目的地であるイザベルという町のバランガイ(最小行政単位:集落)マトランにお昼すぎに到着しました。

通過する町も被害はひどく、道路や壁に「HELP」の文字が至る所で目に付き、素通りしなければならない自分たちに、もどかしさを感じました。

マトランで簡単に昼食をとってから救援物資の配給を始めました。配給場所の教会にはすでに我々を待っている人たちがいます。素人チームの慣れない配給でしたが、何とかうまく2時間ほどで全1575世帯弱に食糧物資をお渡しすることができました。

今回配給した物資は、各世帯にお米3キロ、肉の缶詰3缶、魚の缶詰3缶、マッチ5箱です。



みんな笑顔で喜びを伝えてくれ、日本語で「ありがとう」と声をかけてくれる人もいました。

その日はマトランの方のお家でお泊りしました。電気はもちろんなく、水も夜は出ない状況です。フィリピンではよくありますが、桶に溜めた水を大事にみんなで少しずつ分けてシャワーを浴びます。

結局、5日間の旅でシャワーができたのはこの日だけでした。

レイテ島へ救援物資を届ける旅(2)〜11/25mon〜

25日(月)早朝4時頃、14tトラックとバンで合わせて12人が乗り込みました。



30分ほど走ってタンピ港からフェリーに乗り、1時間ほどでセブ島のバトに到着。


セブ島の東岸を北上しました。当初はセブ島ダナウからフェリーでイザベルにレイテ入りする予定でしたが、翌日の夜に出発の便しか予約できなかったため、急遽セブシティから21時発のバイバイ行きのフェリーに乗ることになりました。

この日はフェリーで半泊しました。

レイテ島へ救援物資を届ける旅(1)〜11/23sat・11/24sun〜

22日夜マニラに着き1泊して翌23日朝、飛行機でネグロス島のドゥマゲテに到着。ドゥマゲテ空港まで迎えに来てくれた現地の方と合流し、予約していたお米や缶詰などの救援物資の支払いを済ませるため、町で1番大きなスーパーに。

購入した物資は順次、マニピスにあるバランガイホールに集められ、世帯ごとに袋詰めされます。

マニピスはタンハイ市にある一つのバランガイ(集落:最小行政単位)で、この地域にも2年前に大きな台風が襲って被害を受け、多くの支援を受けた経験があります。

今度は自分たちが恩返しをする番だと、彼らも決して豊かではありませんが、自分たちのお金や米、衣服などを集めて支援したいと考えていました。

今回ココウェルで多くの方からいただいた寄付金を彼らの支援と合わせることで、より多くの方に物資を行き渡らせることができると考え、一緒にチームを組んで救援物資を運ぶことになりました。

バランガイホールに行ってみると、救援チーム以外にも集落に住む多くの人々が手伝いに来ていました。およそ70人が物資を運んだり、袋に詰める作業を手伝っていました。小さな子供まで積極的に作業をしてくれていました。





これを見たときに、深い感動を覚えました。ココウェルに寄付をいただいた皆さんとこの集落の人々が繋がって今回の支援が行われていること、単なる被災地の支援だけではなく、支援したいと思うフィリピン人同士の絆も育んでるようにも感じました。

略奪や治安悪化など、負の側面が頻繁に報道されがちですが、フィリピン人は本来は心優しい人たちばかり。貧困がその部分を隠してしまうこともありますが、マニピスに来て改めてフィリピン人の慈愛深さに感動しました。

多くの人々が手伝ってくれたため、予想以上のスピードで物資の袋詰め作業が終わり、1日目を無事に終えることができました。




翌24日。この日はボニー・パッキャオの試合があったこともあり、朝からフィリピン中がボクシングに熱中していました。午後にはネグロス島のネグロス・オリエンタルの知事がご好意で貸して下さった14tトラックがバランガイホールに到着。前日に袋詰めした物資を積み込みました。


この日は翌日早朝の出発に備えて早めに休みました。


これからフィリピンへ

大型台風30号がフィリピンを襲ってから2週間が経ちました。テレビなどで被害の状況が明らかにされてきていますが、報道はまだまだ一部の地域のみで、全体像が明らかになるにはもう少し時間がかかりそうです。

今は関西国際空港です。これから現地フィリピン入りします。
今日はマニラで1泊し、明日にネグロス島のドゥマゲテまで飛び、そこから現地の支援チームと一緒にレイテ島に入る予定です。

今は、ほんの少しでも被災地の方に手を差し伸べたいという想い、基金にご支援して下さった多くの方々の温かい気持ちを伝えたいという想い、温暖化が原因だとしたらその責任の一部を感じる想い、そして少しの不安、そんないろんな感情が入り交じっています。

またfacebookも活用して現地からもご報告できればと思います。
http://www.facebook.com/yumizui

当分、日本の携帯は繋がりませんのであしからず。



COP19でのフィリピン代表の涙の演説

11月11日からポーランドの首都ワルシャワで開幕した国連気候変動枠組み条約第19回締約国会議(COP19)で、フィリピン政府代表団のイェブ・サノ氏が涙ながらに演説を行いました。

「故国フィリピンで食料難に苦しんでいる同胞、そしてここ3日間何も食べていない私の兄弟との団結を示し、私は今ここで気候のための自発的な断食を始めます」

「ドーハで私たちは問いかけました。『私たちでなければ誰が? 今でないならいつ? ここでないならどこで?』と。でも今ここワルシャワで、私たちは正に同じ率直な問いかけをすることになるでしょう。今回の非常に異常な気象現象によって私の国が今経験していることは狂気です。気候危機は狂気です。私たちはこの狂気を、ここワルシャワで止めることができるのです。」

「痛ましい惨劇はフィリピンに限ったことじゃなく、世界中で、特に貧困に苦しみ、社会的人的な発展に必死な発展途上国諸国で、同様の事が起きています。ここにいる皆さんにお聞きしたい。我々ではければ、誰がやるのですか?今でなかったら、いつやるんですか?ここでないなら、どこで行うのですか?」

「地球温暖化を疑う人は、現実に起きていることを見てほしい。この異常気象は狂気だ。これを止める成果を出さなければ」





自分たちの生活を改めて見直さなければいけないと思う。


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